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鑑評会の話(静岡県鑑評会について)

fuji1 3月13日に静岡県の清酒鑑評会が沼津工業技術センターでおこなわれました。
 静岡県の清酒鑑評会は他県で開催されるものと較べ審査に特徴がありますのでそこからお話します。

特徴1審査方法:

一般的に清酒の鑑評会と呼ばれるコンクールでは、審査する酒をグラスあるいはきき猪口にそそぎ、銘柄がわからない状態でずらりと並べておいて、審査員は移動しながら酒をきき酒していきます。審査員は行ったり来たりも出来ます。この方法ですと、審査する酒の温度やグラスに入っている酒の量も変動することから、静岡県ではより厳密で公平な審査を行うため3年前より以下のような方法に改めました。

 審査をする部屋は、沼津工業技術センターにある麹室で室温は20度です。酒は隣室の冷蔵庫で冷やされていて、確か14度だと思います。

 今年の審査員は沼津工業技術センターの河村先生、大石先生、名古屋国税局主任鑑定管の高原先生、日本酒評論家の松崎晴雄さん、東京農大醸造学科の進藤斉先生の5人です。審査員は各自テーブルを前に座り横に“吐き”が置いてあります。審査する酒は、5点ずつガラスの清酒グラスに入れられて係員が隣室から運んできて各審査員の前におきます。5点の審査が終わると下げて、次の5点がでてきます。この審査方法は手間が従来のやり方に較べると非常にかかりますが、一定の条件下で審査ができるように配慮されています。


 特徴2審査方針:

 平成15年度、静岡県清酒鑑評会開催要項の審査方針として、
「(1)静岡県清酒鑑評会出品酒としてふさわしいものは、調和のとれた香り(酢酸イソアミルとカプロン酸エチルのバランスのよいもの)で、味はきれいで丸い酒である。」とあります。

 また、全国の清酒鑑評会では酸度1.1以上ないと出品できませんが、静岡県では酸度の制限はありません。部門は、吟醸の部と純米の部の2部門です。どちらの部も実質的には、精白歩合が35%から40%のいわゆる大吟醸クラスの酒が出品されます。


 ここで吟醸酒の命である香りについてお話します。酒の香りは、たいへん多くの成分から構成されていますが、吟醸香といわれる香りの成分は主に、2種類の成分が主役といえます。

 一つが、酢酸イソアミルでこの成分はバナナのような香りと表現され、わりと穏やかですっきりした香りと言えます。もう一つは、カプロン酸エチルという成分でこちらは洋なしの香りといわれますが、どちらかというと派手で奥がふかく、くどい感じがします。

 吟醸酒の造りが非常に盛んになった15年くらい前は、吟醸酵母の主流は協会9号という熊本県の“香露”の蔵から分離された酵母で、この酵母のつくる香りは酢酸イソアミルが主でカプロン酸エチルは3PPMくらいです。静岡県の酒が全国の新酒鑑評会に大量入賞して、一躍全国の注目を集めた時の酵母も、この協会9号系の静岡酵母で香りの主成分は酢酸イソアミルでした。

 ところがその後、吟醸造りの為の酵母の開発競争が盛んになる中で、セルレニン耐性酵母と呼ばれる新しいタイプの酵母が開発されました。この特許は月桂冠がもっています。この酵母は9号系の酵母では、3PPMくらいしか出ないカプロン酸エチルが6から8PPMも出ます。一方、静岡酵母のHD-1では、酢酸イソアミルは5PPMくらいでるが、カプロン酸エチルは3PPMくらいしか出ません。その結果、この酵母を使うと酒の香りの印象がガラリと変わり、香そのものも強いインパクトがある為、多くの酒を集めておこなう鑑評会では、協会9号系の酵母で造った酒は印象がうすくなり、全国新酒鑑評会をはじめ全国の国税局や県の鑑評会でも入賞酒のほとんどが、このセルレニン耐性酵母で造った酒が占めるようになってしまいました。この酵母にはアルプス酵母、協会86酵母、明利310酵母といった種類があります。

 セルレニン耐性酵母で造った酒はその華やかな香りで、日本酒に縁のなかった人たちに、従来の日本酒にはないイメージを与え、日本酒のファンを広げたという見方がある一方、次第に欠点も広く認識されはじめています。

 欠点の一つは、カプロン酸エチルが華やかである裏返しとして、飲み続けると鼻についてくどく感じたり、料理との相性で合わせずらい面がある事。もう一つは、カプロン酸エチルと同時に生産されるカプロン酸が、いい香りではない事です。カプロン酸エチルの華やかな香りの影にかくれて、一見めだたないのですが、濾紙の臭いのような紙臭といわれる香りがします。また、静岡県の河村先生がよく使う表現でドブ臭(ドブの腐った臭い)という、くどい臭いがします。特にこの酵母で造った酒は熟成すると悪い香りが目立ち始め、秋から一年位経ってくるとビニールのような臭いがして、飲みずらくなります。その為、春におこなう鑑評会では良い成績をとれるのですが、秋に行う鑑評会では苦戦するようです。

 静岡県でも全国鑑評会の入賞酒の主流が、このセルレニン耐性酵母の酒に移行するのをみて、金賞取り競争に負けないようにと、数年間、静岡酵母としてセルレニン耐性酵母を県内の蔵元に配布した時期もありました。しかし、実際にこの酵母で造った吟醸酒の香りが変化してクレームが生じたりした事から、河村先生は考えを改め静岡酵母としてのセルレニン耐性酵母の配布は、2、3年で中止となりました。それでも5年前までは、静岡県の鑑評会でも出品酒の主流はカプロン酸エチルの強いものでしたが、河村先生はさらに進んで「このような酒を造っていたら、日本酒の需要は伸びないし、日本酒つくりの技の核心である麹つくりは堕落し、日本酒の文化の為にならない」(*注カッコの中は私が解釈して書きました。)との考えから、静岡県の鑑評会では4年前からカプロン酸エチルの強い酒は入賞しない審査基準となりました。これは全国でも、初めての取り組みです。

 また、静岡酵母は香りが高いという評判は、一般のみなさんにだいぶ定着してきましたが、現在静岡酵母で造っている、典型的な静岡酵母の酒というのは、香りは穏やかで、すっきりしていてセルレニン耐性の他県の酵母で造った酒と較べると、むしろ香りは低いといえます。そのかわり飲み飽きせず、料理との相性も広く良いというのが特徴です。

 この結果、全国の新酒鑑評会や名古屋国税局の鑑評会で、入賞しやすいカプロン酸エチルの強い酒は、静岡の鑑評会において絶対に入賞できません。また、静岡県の鑑評会で上位をとれるカプロン酸エチルは低く、酢酸イソアミルの穏やかな香りの酒は全国、名古屋では香りの低い酒とみなされてしまい入賞できません。

 良い吟醸酒はどんな酒かという問いに答えて、万人を納得させる答えはないと思います。しかし、香りについて言えば、現在のカプロン酸エチルの強すぎる酒は見直される方向にいくように見えます。醸造家も最初は、セルレニン耐性酵母の香りに驚いて「すごい酒が出来るようになった。」と思ったものですが、強い香りはやがて飽きてきます。そして、その欠点に気が付き始め、だんだん見方が変わってきたように思います。一般の日本酒愛好家や酒流通業界の皆さんも、同じように最初は驚きますが、やがてその香りにそれほど価値があるのか?と感じるようになってくると思います。

 さて、静岡県の鑑評会と全国、名古屋の鑑評会の審査基準が異なることについて、蔵元がどのように対応しているかというと、蔵元によって色々です。まず、カプロン酸エチルの強い酒を造るのは完全にやめてしまった蔵元がいくつかあります。全国の鑑評会では入賞が非常に困難ですが、全国の金賞には頼らず品質の良さで、お客様からも高い評価を得ている蔵元さんたちです。次にカプロン酸エチルの酒の欠点はわかるが、全国の金賞も取りたいし、市場ではそういう酒の需要もあるので両方造るという、現実派の蔵元さんたちです。私もその一人で今年は30本のモロミを仕込みましたが、1本はセルレニン耐性酵母で造りました。静岡の鑑評会には静岡タイプの酒を、名古屋、全国にはそれようのタイプの酒を出品して賞も取りたいという考えです。しかし、大吟醸を1本しか仕込まない蔵元さんの場合は、全国を狙うか静岡の入賞を狙うかで二者択一の選択をしなければなりません。


 鑑評会の解説をながなが書いてしまいましたが、ここから杉錦の鑑評会出品酒の話を致します。

 鑑評会出品用の酒も、その為だけに極端に小さい仕込みをしても、いい酒はできないので市販を想定して造ったモロミより、出品用の酒を“しずく取り”という方法で取っています。しずく取りは、発酵の終わったモロミを酒袋に入れて、自然にたれてきた酒を一升びんや斗びんに取ったものです。圧力をかけた酒とくらべて味が軽くてきれいで香りもいいようです。もろみは、前述したように酢酸イソアミル主体の酵母として静岡NEW-5で一本。カプロン酸エチル主体の酵母としてM310酵母で一本たてました。M310は出品用以外に酒はそんなに必要ないので、480kgの吟醸モロミとしても小さくしました。

 静岡の鑑評会では、カプロン酸エチルの強い酒は評価しないわけですが、実際はカプロン酸エチルの全くない吟醸酒というのは存在せず、少量のカプロン酸エチルの存在が酒に華やかな印象をあたえて審査員がいい点をくれる可能性もあります。そこで昨年の静岡県の鑑評会では、静岡酵母のNEW-5の酒80%に、カプロン酸エチルの出るM310の酒を20%ブレンドして出品したところ、7番目というまずまずの成績で入賞できました。

 今年も同じ手を使ってみようと考え、静岡NEW-5の酒100%、90%、80%、70%の比率に対して、M310の酒を0%、10%、20%、30%ブレンドした酒を調合してみました。

 鑑評会の前に“杜氏もちより会”といって、予選的な会が開かれます。この会ではその年の酒の動向を探り、本番の鑑評会に出品する酒を決定する参考にする為、酒を持ち寄りきき酒をおこないます。審査員には県の河村先生、大石先生をはじめ名古屋国税局の先生、県内蔵元の技術者があたり、実際に点数をつけ、寸評を書いて酒を評価します。審査も吟醸の部は2審までおこないます。この会ではM310を10%ブレンドした酒が、花の舞、千寿とならんでトップの点数を取れました。

 カプロン酸エチルのクセには厳しい河村先生の評点も1点と良かったので、本番の鑑評会もこの酒を出せば上位入賞は堅いだろうと、浮かれた気分になりました。同じく純米の部も、M310を20%ブレンドした酒が上位でした。実際の鑑評会には吟醸、純米各部門とも2点の出品ができますので、この時上位の酒と全く同じ酒を安全パイのつもりで出し、もう一点はM310の比率を5%ほど高くして出してみました。結果は、純米の部は入賞しましたが、本命の吟醸の部はよもやの落選でした。もちより会の成績が良かったので、これには正直がっかりしました。

 かつて杜氏さんがいた時、鑑評会で落選するとがっかりして肩を落としていましたが、その気持ちがよくわかります。なんで、ダメだったのか不思議に思いまいしたが、一般公開で順位ごとに並んだ酒をきき酒してみて納得しました。

 上位の酒は酢酸イソアミルのバナナの様な香りがあり、カプロン酸エチルはほとんど感じられませんが、私の酒の前後あたりの酒はカプロン酸エチルが少し気になります。実は“杜氏もちより会”には県鑑評会で上位に入った、カプロン酸エチルのでる酵母を全く使わない蔵元さんたちの酒が出品されていませんでした。それで“その場“では比較的にカプロン酸エチルのある酒でも、いい酒として高得点がとれたのです。しかし、本番では酢酸イソアミルがより豊かでカプロン酸エチルの少ない酒が多く出品されていたので、カプロン酸エチルを感じる酒はより厳しく評価された様です。もう一つ上位の酒は、同じ静岡酵母でもNEW-5ではなくHD-1が多く使われていたみたいです。

 HD-1はカプロン酸エチルが低いだけでなく、うまく使えば酢酸イソアミルが5から6PPM位と非常によく出るようです。これに対してNEW-5は酢酸イソアミルが3から4PPM位しか出ません。NEW-5はHD-1と較べ発酵力が強く、泡もほとんど出ないので使いやすい面があります。河村先生によれば、一点クッキリ型のツキハゼ麹にはHD-1酵母が良く、よりハゼのまわった麹にはNEW-5を使ってきたとの事です。自分で酒を造り始めるについて、初心者にはHD-1よりNEW-5のほうが、造りやすいと考えてHD-1は使わずにきましたが、今年の結果をみて静岡の鑑評会では来年からHD-1で挑戦してみようと思います。


 さて、名古屋国税局の鑑評会も吟醸と純米の2部門ですが、こちらはカプロン酸エチルの華やかな香りの酒でないと入賞が難しいのです。こちらには両部門ともM310酵母100%の酒を出品しました。両部門あわせて1社3点の出品ができるので、吟醸部門には生酒とビン火入れで1点ずつ、純米には生酒で出品しました。結果は吟醸部門の生酒が入賞しました。

 一般公開のきき酒にいってきましたが、静岡とはうって変わって、カプロン酸エチルの強い酒が並んでいます。中にはカプロン酸エチルのない穏やかな香りの純米酒で、うまいと思う酒がありましたが、入賞はしていませんでした。私の出した吟醸部門の生酒と火入れ酒をきき較べると生酒の方が少し甘く軟らかく感じ、香りもすこし豊かなような気がしました。通常、4月に出品する全国新酒鑑評会は火入れで、名古屋国税局は生酒で出品しますが、この時期は生酒のほうが少し有利なのかもしれません。


 4月16日到着で広島に全国鑑評会出品酒を送りました。

 こちらもM310酵母100%の酒です。今年の酒はカプロン酸エチルが6PPMとそう高くなく、あまり目立つ酒ではないので、どういう評価になるかと少し心配です。けれども、入賞しても落選しても自分で酒を造るようになってから、鑑評会が楽しみになりました。入賞できないと、やはりがっかりはしますが、一般公開や表彰式に出掛けて、いろんな人と意見の交換をしたり、教えてもらったり、おしゃべりして、いろいろ考えて、また次の作戦を考えるのが楽しみです。

 また、鑑評会も大事ですが、鑑評会に出さない残りの99.9%の酒のでき具合がより大切だと痛感しています。

投稿日時:2002年4月1日(月)│